【歴史】3-6日本の産業革命と近代文化
みなさん、こんにちは!今日も元気に歴史の扉を開いていきましょう。 今日は「日本の産業革命と近代文化」という、明治後半のダイナミックな時代を一気に攻略します。
この時代、日本は「眠れる東洋の島国」から「世界の強豪」へと姿を変えていきます。その裏側で何が起きていたのか、試験に出るポイントを凝縮して伝えますよ!
- 産業革命:軽工業から重工業へ
まずは経済の動きから。日本の産業革命は「2段階」で覚えてください。
① 1880年代後半:軽工業の爆発
最初は、身近な「糸」からです。
- 紡績業[ぼうせきぎょう](綿糸[めんし]): 日清戦争後、綿糸の輸出量が輸入量を追い越します。グラフ問題でよく狙われるポイントです!
- 製糸業[せいしぎょう](生糸[きいと]): 日露戦争後、日本は世界最大の輸出国になります。主なお客さんはアメリカでした。
《補足》 綿花→綿糸 蚕の繭→生糸(シルク)
② 1901年:重工業の幕開け
次に、より「硬いもの」へとシフトします。
- 八幡製鉄所[やはたせいてつしょ]: 1901年、北九州に建設されました。ポイントは「日清戦争の賠償金」で作られたこと、そして「筑豊[ちくほう]の石炭」と「中国の鉄鉱石[てっこうせき]」を使ったことです。ここ、記述でよく出ます!
③ 交通と財閥[ざいばつ]
経済が発展すれば、モノを運ぶインフラが必要です。
- 1889年には東海道線が全線開通。《補足》 1889年って、大日本帝国憲法制定と同じ年だよね。《ACE流記憶術》「いち早く、ドイツも覚えよ、憲法を」 1[イチ]、8[ハチ]、8[ハチ]、9[キュウ]で「いちはやく」でした。東海道線が全線開通して、東京-大阪間の移動も「いち早く」できるようになったんだね。
- この流れに乗って、三井[みつい]、三菱[みつびし]、住友[すみとも]、安田[やすだ]といった「財閥」が、金融から貿易まで多角経営を行い、日本経済を支配するようになります。
- 《補足》一方、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一[しぶさわえいいち]、今の一万円札のひとですね、彼は日本初の銀行や東京株式取引所など500以上の企業設立に関わりましたが、財閥は形成しませんでした。自身や同族の利益よりも、公益を重視し、日本の発展に貢献しました。
- 光と影:社会問題の発生
経済が発展する一方で、苦しむ人々も現れました。これを「社会問題」として整理しましょう。
① 労働問題と公害
- 工女[こうじょ]の過酷[かこく]な労働: 紡績[ぼうせき]・製糸[せいし]工場で働く女性たちは、低賃金・長時間労働を強いられました。
- 足尾銅山鉱毒[あしおどうざんこうどく]事件: 栃木県の足尾銅山から流れた毒で渡良瀬川[わたらせがわ]が汚染されました。これに命をかけて立ち向かったのが、衆議院議員の田中正造[たなかしょうぞう]です。天皇の乗る馬車を追いかけて直訴状を手渡そうとして拘束[こうそく]されました。名前は絶対に覚えて!
② 社会主義の弾圧[だんあつ]
労働者の権利を訴える動きに対し、政府は厳しく当たります。
- 大逆[たいぎゃく]事件(1910年): 社会主義者の幸徳秋水[こうとくしゅうすい]らが処刑される事件が起きました。ここから、自由な発言がしにくい時代へと向かっていきます。
- 教育と近代文化:テスト頻出の「名前」たち
最後は文化です。ここは「人物名とキーワード」をセットで暗記するゲームだと思ってください。
① 教育の普及
- 1907年、義務教育が6年に延長されました。グラフを見ると、1910年頃には女子の就学率も100%に近づいているのがわかりますね。
② 文学:言文一致[げんぶんいっち]の確立
昔の難しい言葉ではなく、話し言葉で書く「言文一致」が始まります。
- 二葉亭四迷[ふたばていしめい]: 『浮雲[うきぐも]』。言文一致[げんぶんいっち]の先駆者[せんくしゃ]です。
- 夏目漱石[なつめそうせき]: 『坊っちゃん』。
- 森鴎外[もりおうがい]: 『舞姫[まいひめ]』。
- 樋口一葉[ひぐちいちよう]: 『たけくらべ』。前回の5000円札の人ですね!
- 与謝野晶子[よさのあきこ]: 情熱的な歌人。日露戦争に行った弟を思う詩も有名です。
③ 美術・音楽
- フェノロサ・岡倉天心[おかくらてんしん]: 日本の伝統的な美術を復興させました。
- 黒田清輝[くろだせいき]: フランス仕込みの明るい「印象派」を紹介。
- 滝廉太郎[たきれんたろう]: 『荒城[こうじょう]の月』などの洋楽を作曲。
④ 科学:世界に誇る日本の頭脳
ここは一気にいきます!
- 北里柴三郎[きたざとしばさぶろう]: 破傷風[はしょうふう]の血清療法[けっせいりょうほう]。
- 志賀潔[しがきよし]: 赤痢菌[せきりきん]の発見。
- 野口英世[のぐちひでよ]: 黄熱病[おうねつびょう]の研究。以前の1000円札の顔です。
まとめ
明治後半の日本は、**「産業の発展(光)」と「社会問題・公害(影)」がセットで動いていました。そして教育の普及が、世界レベルの「文化・科学」**を育てたのです。
特に**「綿糸の輸出・輸入グラフ」と「足尾銅山・田中正造」、そして「科学者の名前」**はテストに出やすいです。資料集の写真と一緒に、しっかり復習しておいてくださいね。

