【歴史】日露戦争
今日は、日本の運命を大きく変えた**「日露戦争」**という超重要テーマを扱います。ここは入試でも「なぜ起きたのか」「結果どうなったのか」がセットで狙われる熱いポイントです。ドラマを見るように一気に理解していきましょう!
- 嵐の前触れ:なぜロシアと戦うことになった?
まずは背景から。主役は日本とロシアですが、当時の世界情勢はもっと複雑でした。
- 義和団(ぎわだん)事件(1900年): 中国(清)で「外国勢力を追い出せ!」という大規模な反乱が起きます 。日本を含む連合軍がこれを鎮圧(ちんあつ)しましたが、事件後もロシアだけが満州に兵を居座(いすわ)らせたんです 。
- 日英同盟(1902年): ロシアの南下(なんか)を恐れたのは日本だけじゃありません。世界一の海軍国(かいぐんこく)・イギリスも同じ。そこで日本とイギリスは手を組みます 。
- 開戦前夜(かいせんぜんや)の国内: 実は日本国内でも意見は割れていました。社会主義者の幸徳秋水(こうとくしゅうすい)や、キリスト教徒の内村鑑三(うちむらかんぞう)は「戦争反対!」と訴えましたが、世論(よろん)は次第に開戦ムードに飲み込まれていきました。
《補足》あの伊藤博文(いとうひろぶみ)も明治天皇も反対だったのですが・・・。戦争反対する人は、ロシアを怖がる「恐露病(きょうろびょう)」なんて言われました。権力者よりも世論とかムードとかが怖いんです。それは「今」でも言えること。ムードに流されずに判断することがいつの時代も大事なんです。
- 激闘!日露戦争:奇跡の勝利と裏側の悲劇
1904年、ついに日露戦争が始まります 。
- 戦場はどこ?: 日本とロシアの戦争ですが、戦場になったのは主に韓国や満州でした 。他人の家で喧嘩(けんか)をしているような状況ですね。
- 日本海海戦(にほんかいかいせん)の圧勝(あっしょう): 日本は各地で苦戦を強いられますが、海の上では歴史的な大勝利を収めます。東郷平八郎(とうごうへいはちろう)率いる日本海軍が、当時世界最強と言われたロシアのバルチック艦隊を撃破(げきは)したんです。
- 《補足》東郷(とうごう)の勝利に歓喜(かんき)したのは日本人だけではありません。当時ロシアの支配下にあったフィンランド。フィンランドでは東郷(とうごう)を称(たた)え、「東郷(とうごう)ビール」を製造(せいぞう)販売(はんばい)しました。勝利に酔って、お酒にも酔ったのです。
- 戦費(せんぴ)と犠牲(ぎせい): 日清戦争と比べると、死者は約6倍の8.5万人、戦費は約8倍の18.3億円に膨(ふく)れ上がっています 。国民は増税に次ぐ増税で、生活はボロボロでした。
- 「君死にたまふ(きみしにたもう)ことなかれ」: この悲惨(ひさん)な状況の中、歌人(かじん)の与謝野晶子(よさのあきこ)は、出征(しゅっせい)した弟を想って「死なないでほしい」と切実(せつじつ)な詩を発表しました 。当時の空気感(くうきかん)を知る大事な資料です。
- ポーツマス条約:勝ったのに怒る国民
戦争の継続が両国とも限界に達した1905年、アメリカの仲介でようやくポーツマス条約が結ばれます。
補足;ポーツマスはアメリカ東海岸にある都市です。
- 条約の内容:
- ロシアは韓国における日本の優先権を認める。
- 旅順(りょじゅん)・大連(たいれん)の租借権(そしゃくけん)や、長春以南(ちょうしゅんいなん)の鉄道利権(のちの満鉄)を日本に譲る。
- 樺太(からふと)(サハリン)の南半分を日本に譲る。
《補足》ここでちょっと復習。1875年、樺太(からふと)千島(ちしま)交換条約で樺太(からふと)はロシア領に、千島列島(ちしまれっとう)は日本領になったのでしたね。
《ACE流記憶術~》 「いやな交換、樺太(からふと)千島(ちしま)」 1(イチ)8(ハチ)7(ナナ)5(ゴ)で「いやなこう」です。
- 日比谷焼き打ち(ひびややきうち)事件: ここで大問題が発生!なんと**「賠償金」がゼロ**だったんです 。命をかけ、高い税金を払ってきた国民は激怒。東京で暴動(日比谷焼き打ち事件)が起きました 。
- その後のアジア:韓国の植民地化と中国の革命
戦争に勝った日本は、一気に大陸への進出を強めます。
- 韓国併合(かんこくへいごう): 1905年に韓国を保護国化し、韓国統監府(かんこくとうかんふ)(初代統監は伊藤博文(いとうひろぶみ))を置きます 。これに対し韓国では安重根(あんじゅうこん)による伊藤博文暗殺などの抵抗運動が起きましたが、1910年、日本はついに韓国を併合し、完全に植民地としました。
《補足》日本はその昔、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が、明(みん)進出の足掛かりとして、朝鮮を2度にわたって攻めました。1592年、1597年の文禄・慶長の役(ぶんろくけいちょうのえき)です。韓国併合は戦争によってではありませんが、現地の人々に屈辱(くつじょく)を与えたという負の歴史を私たちは知っておかねばなりません。「昔のことなんか知らなーい」っていう態度では、友好関係は築けませんよ!
- 中国の変革(辛亥革命(しんがいかくめい)): 隣の中国(清)でも動きがありました。1911年、孫文(そんぶん)が唱える三民主義(さんみんしゅぎ)のもと、辛亥革命(しんがいかくめい)が起こります 。翌年にはアジア初の共和国である中華民国が誕生し、長い歴史を誇った「清」はついに滅亡しました 。
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まとめ
日露戦争後、日本は「列強(れっきょう)の一員」として認められますが、その裏には多大な犠牲と、アジア諸国への抑圧(よくあつ)がありました。 入試では、**「日英同盟→日露戦争→ポーツマス条約(賠償金なし)→韓国併合」**という流れを完璧に押さえておきましょう!
《ACE流記憶術~》 1894年の日清戦争の10年後の1904年に日露戦争。たった10年後の4のつく年ですよ。4(よん)を4(し)とも読みますから、「日清、日露、死(4)の10年」と覚えてください。これから習いますが、その10年後の1914年は第一次世界大戦です。3つまとめて、「死(4)の10年、日清、日露、第一次」と覚えておきましょう!

